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東京高等裁判所 昭和34年(く)83号 決定 1959年10月06日

抗告申立人 被告人 土屋善一

弁護人 古明池為重

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の要旨は、被告人土屋善一に対する公職選挙法違反被告事件につき、昭和三四年七月一五日付をもつて、甲府簡易裁判所が、同被告人外一五名に対して発した略式命令に対し同月二九日、被告人土屋善一のため、抗告人から正式裁判の請求をしたところ、同裁判所は、同年八月二八日付の決定により右略式命令は同年七月三〇日に被告人土屋善一に送達されたことが明らかであり、右正式裁判の請求は、略式命令の告知のない前の請求、即ち正式裁判請求権発生前の請求であるから、法令上の方式に違反して不適法であるとの理由でこれを棄却したが、刑事訴訟法第四六五条第一項は、略式命令を受けた者は、その告知を受けた日から一四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を規定しているので、その告知は、旧刑事訴訟法第五二八条第一項が、略式命令を受けた者は謄本の送達があつた日から七日内に正式裁判の請求をすることができる旨を規定しているのとは異なり、必ずしも略式命令の謄本の送達の方法によつてする必要はなく、これを受けたものが、何らかの方法によつて、略式命令があつたことを知れば足りるものと解すべきところ、被告人土屋善一は、さきに同被告人外一五名に対する公職選挙法違反被告事件の略式命令の送達を受けていた相被告人から、右略式命令の謄本を見せられたり或はその内容を聞かされたりして、自分に対して右略式命令の謄本が送達されない前に、自分に対しても右略式命令があつたことを知つたので抗告人を代理人として、相被告人と連名で正式裁判の請求をしたものであり、従つて右請求は、刑事訴訟法第四六五条第一項に違反して、略式命令の告知のない前、即ち正式裁判請求権発生前になされた違法はないから、原決定は取り消さるべきであり、又原決定は、抗告人がした正式裁判の請求が、法令上の方法に違反したものとして、刑事訴訟法第四六八条第一項に従つて、これを棄却したが、正式裁判の請求の法令上の方式とは請求書の内容並びに当事者及び裁判所の表示等に関するものをいうものと解すべきであるから、本件正式裁判の請求が、略式命令の告知がない前の請求、即ち正式裁判請求権発生前の請求であるとすれば、権利のない者が正式裁判の請求をしたことになり、その請求が法令上の方式に違反したものとはいえないから、原決定はこの点においても法令の適用を誤まつているのでその取消を求めるというのである。

よつて審究するに、一件記録によれば、甲府簡易裁判所が、昭和三四年七月一五日付をもつて、被告人土屋善一外一五名に対する公職選挙法違反被告事件について、略式命令を発し、その謄本が、被告人土屋善一には、同月三〇日に送達になつたが、右被告人以外の大多数の相被告人に対しては、同月二八日に送達になつたこと及び抗告人が、同月二九日、被告人土屋善一外二名のために正式裁判の請求をしたところ、被告人土屋善一についての正式裁判の請求に対しては、甲府簡易裁判所が、同年八月二八日付の決定をもつて、所論が指摘するような理由で、これを棄却したことが明らかである。そして、刑事訴訟法第四六五条第一項は、所論のように、旧刑事訴訟法第五二八条第一項が、略式命令を受けた者は謄本の送達があつた日から七日内に正式裁判の請求をすることができる旨を規定しているのとは異なり、略式命令を受けた者は、その告知を受けた日から一四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を規定しているが、略式命令は裁判の一種であるところ、刑事訴訟規則第三四条によれば、裁判の告知は、公判廷でこれをする場合以外は、特別の規定がない限り、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない旨が規定してあるが、略式命令の告知は公判廷外で裁判の告知をする場合であり、且つこれについては特別の規定はないから、刑事訴訟法第四六五条第一項にいわゆる略式命令の告知は、当然右の原則に従い、旧刑事訴訟法第五二八条第一項におけると同様、裁判書の謄本を送達してこれをなすべきであるばかりでなく、裁判は告知によつて外部的に成立するものと解されているところ、告知がない以前には、まだ略式命令があつたとはいえないから、これに対しては正式裁判請求権も発生するいわれがなく(昭和一四年六月一七日大審院第一刑事部判決、大審院刑事判例集第一八巻第三四一頁以下参照。)従つて、略式命令の謄本が送達される以前になされた本件正式裁判の請求は不適法のものというべく、抗告人のこの点に関する主張は独自の見解であつて採用できない。なお正式裁判の請求の法令上の方式の違反とは、法律又は規則が定めている請求の方式に違反することを指すことは文理上当然であるが、本件正式裁判の請求のように、略式命令の告知のない前、即ち正式裁判請求権が発生しない前に、正式裁判の請求をすることも、その法令上の方式に違反するものと解するのが相当であるから、本件正式裁判の請求を、所論のような理由で棄却した原決定には、別段、刑事訴訟法第四六八条第一項の適用を誤まつた違法もない。

よつて、本件即時抗告はその理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項により、これを棄却すべきものとして、主文のように決定をする。

(裁判長判事 中西要一 判事 久永正勝 判事 河本文夫)

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